弊社は、これまで睡眠不足や加齢性の難聴による生産性およびQOLの低下に対し、睡眠導入家電「Sleepion」や軟骨伝導集音器「Otocarti MATE」といったソリューションを提供してきました。次に取り組むのは、わが国において大きな社会問題となりつつある認知症の問題です。
高齢化が進む日本では、2025年には65歳以上の約5人に1人が認知症を患うと予測されており、認知症はもはや他人事では済まされない問題となっています。この予測を裏付けるかのように、弊社社員の家族も認知症の診断を受けました。
認知症を発症すると、患者本人だけでなく、時には家族に多大な負担がかかります。この事態を身近に目の当たりにしたことで、弊社は認知症問題に取り組むことを決定しました。
認知症予防の分野で弊社ができることを探るべく情報収集を進める中、WHOが2019年に公表した「認知機能低下および認知症のリスク低減」のためのガイドラインの存在を知りました。その中で推奨される認知症対策には「認知的介入」という項目があり、これは五感を刺激し、脳の活性化を図るものです。この点で、弊社の製品は非常に親和性があると感じました。
アカデミアの世界でも認知症予防の研究が進められており、その中で非常に興味深い研究を見つけました。それは、マサチューセッツ工科大学のリー・ファイ・ツァイ博士によるもので、「マウスに40Hz周期の断続音を聴かせることでガンマ波と呼ばれる脳波が発生し、アルツハイマー型認知症と関連の深いアミロイドβが有意に減少し、空間記憶が改善された」という内容です。
この理論に基づいた、テレビなどの日常生活音を40Hz周期の変調音に変換して出力する機器も既に販売されており、一般の方でも認知症対策を始められる環境が整いつつあります。
弊社の製品「Sleepion」は、音と光と香りで五感のうち三感を刺激します。また、「Otocarti MATE」は軟骨伝導振動子で耳のツボを刺激する副次的な効果もあります。認知症への効果が期待される40Hzの変調音とこれらの弊社製品の組み合わせが、認知症予防に関連するガンマ波の発生につながるのではないかと考え、その仮説を確かめるために実験を行いました。
この実験の核となる40Hzの変調音は、「Sleepion」に内蔵された睡眠音楽を作曲した土岐健一氏に制作を依頼しました。土岐氏は幼少期よりハモンドオルガンを習い始め、その後ドラムや音楽理論を学び、音楽制作事務所に勤務。アーティストへの楽曲提供を行う傍ら、音楽専門学校の講師も務めました。現在は自らの音楽スタジオを立ち上げ、フリーの音楽プロデューサーとして活躍しています。
土岐氏からは、40Hz周期の断続音が常に出ていながらも、不快に感じることなく聞きやすい楽曲を提供いただきました。
次に、嗅覚を刺激する香りには、「Sleepion」の付属品であるアロマオイルを使用しました。数種類のラインナップの中から、最も認知症予防が期待されるレモングラスのオイルを選択しました。
最後に触覚を刺激するために、現在弊社の看板商品に育ちつつある集音器「Otocarti MATE」にも採用している軟骨伝導振動子を備えたイヤホンを使用しました。耳の軟骨を細かく振動させることで音を伝えるこの技術により、40Hzの変調音を再生しながら同時に耳ツボに刺激を与えることができます。
これらの組み合わせでガンマ波が引き出されるかどうか、PGV株式会社製のパッチ式脳波計「パッチ式脳波計HARU-2」で脳波の計測を行い、同社にデータの分析を依頼しました。
【まとめ】
25Hz以上の脳波をガンマ波とみなすと、脳波のグラフからは、9人中7人のガンマ波がいずれかの刺激の組み合わせで増加したことが見て取れます。とりわけ46歳男性においては、ほぼすべての条件でガンマ波の増加が確認され、他の被験者と著しい差が見られました。
この男性と他の8人の結果を分ける要因は何なのでしょうか?
この結果を受けて、当人への聞き取り調査を行いました。1つ興味深かったのは、この男性が毎日1~2時間、あるいはそれ以上の時間、会話を中心としたラジオ番組を聴取する習慣があるということです。
40Hzの変調音がガンマ波の発生に大きく関連していることは先行研究でも明らかですが、普段から会話の内容を理解しようと耳を傾ける習慣が、40Hzの変調音に無意識に反応する脳内の動きと何かしら関係しているのではないか?
今回の実験を通じて、このような新たな仮説が見つかったのは大きな収穫でした。事業としてどのような形になるかはまだ不透明ですが、トライ&エラーを重ねながら、引き続き認知症予防に取り組んでまいりたいと考えております。
ティ・アール・エイ株式会社 代表取締役 東享